「全部ゆるせたらいいのに」一木けい
〇「全部ゆるせたらいいのに」一木けい(新潮社)
結婚して、小さな娘をほぼ一人で育てている千映には心配なことがある。
サラリーマンの夫が毎日酒を飲み過ぎることだ。
前後を失うまで飲んで帰宅する夫に、一人育児を日々強いられる千映は怒りを覚えるが、同時に複雑な感情が胸の奥から湧き上がってくる。
千映の父親もまたアルコール依存症だった―。
アルコール依存症の父、その父をひたすら受け入れる母と祖母。
幼少期から大人になるまで、千映はひたすら父に苦しめられる…。
千映の父親は読書家で内向的な青年だった。
定職をもたず、フリーターのような状態だったが妻も働いていたので二人で生きていく分には問題なかった。
しかし娘の千映が生まれたのをきっかけに、彼は母親が紹介した企業への転職をする。
人間関係の中で数字を出さないといけない仕事は彼に大きな負荷を与え、やがて酒に溺れるようになる。
娘である千映は何も理由なく、モンスターになる父親に長年苦しめられる。
家の中では殴られ、蹴られ、約束を反故にされ、その間の記憶をなくされる。
そんな父親のことがいることを外で言うも憚られ、言っても実情を理解されない。
大人になってようやく距離を開けられると、今度は自分の「罪悪感」に苦しめられる。
千映は
人を許すこと
諦めること
受け入れること
の違いを考えるようになる。
だが、そもそも「そんなことを考えなくてよい」人生が世の中にある。
近親者に逸脱した人間がいるとき、そのことを隠し、受け入れてしまう環境があるときに、つらい思いをさせられるのはだいたい女性である。
読んでいて苦しい。
しかし強烈に引き込まれていく。
同じくアルコール依存症の父親との長い確執を描いた「酔うと化け物になる父がつらい」(秋田書店)を思い出した。
長くこの国は心身を崩した人のケアと犠牲を家族に負担させてきた。
時にそれを美談にして。
ようやく少し社会がそれを引き受けつつあるが、幼少期から人生を差し出した人の時間は戻らない。
人が人を「許す」とはどういうことだろう。
タイトルには「それでも人を受け入れたい」という著者の優しさが表れている。
(H)
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